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ソラノシラベ
2024/05/03[Fri]
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2020/12/22[Tue]
寒くなってきた。少し冷えた指先を自販機で買った缶コーヒーで雑に温めながら、スタジオ帰りのギターを背負った僕は最寄り駅の改札を出た。
だんだん日が暮れるのも早くなった。なんとなく時間の速さを感じる。つい最近まで夕方5時なんてまだまだ明るかったのに、今ではすっかり深い深い湖の水面のように、しっとりとした紺色に染まっている。

冬、わりと好きだけどこの寒さは堪えるな、などと思いながら家に歩みを進める。
肩に乗るギターが重い。早く荷を下ろして楽になりたい。
そういえば晩は何を食べよう。食べて帰るには少し早いなと思案しながら、最寄りのスーパーの近くを通りかかると、少し香ばしい香りを携えて今川焼きの移動販売車がぽつりと寂しそうに止まっていた。

この世情を映してか、客足は少なく、少しガタイのいいおじさんが静かに車内で今川焼きを焼いていた。
気付くと僕の足は自然とそちらに向いていた。甘党の僕はいくつかつまんで晩御飯がわりにしてもいいだろうと思ったのだ。

「あんことクリームを2つずつください」

全部食べるわけじゃない。朝温め直したっていい。

「ごめんお客さん、あんこ今焼いてるんだ。5分くらい待ってくれる?」

おじさんはでかい手で上手いこと生地を整えつつ、太い声で少し申し訳なさそうにしながらこちらを見た。5分くらいならいいかと思い、待つことにした。手に持った缶コーヒーを一口啜った。まずい。うまい。

「お兄ちゃんバンドやってんの?」

背負ったギターを見ておじさんは僕に声をかけた。よく目立つから、よくあることだ。

「そうなんですよ、趣味なんです」

「そうかぁ、おっちゃん割と手先使う仕事で器用な方なんだけど、ギターだけはダメだったわ」

なんだか懐かしむようにおっちゃんは語る。よほどお客さんがいなかったのか、僕が話し相手にちょうど良かったのか、こいつは聞いてくれると思ったのか。だんだんと興に乗ったおっちゃんは語りだした。
今川焼きは副業で、コロナの影響で本業が開店休業状態だとか。コロナのせいでこういうキッチンカー系もあんまり良くみられないだとか、稼がないと嫁さんに怒られるだとか。ほぼおっちゃんの独演会と化した、愚痴にも似た一人語りを受け流しているうちに、今川焼は焼き上がり、ひょいひょいと、一つ多めに紙袋に詰め込まれた。

「聞いてくれたから一個サービスね。よかったらまた来て」

会計を済ませて家路につく。歩きながら、激動の今年を振り返った。思えば、僕はまだライブもできている。配信もできている。仕事だって大きな影響はなく、変わらず、平和に暮らしている。好きなことがやれる環境にある。自分は恵まれてるし、やらなきゃなと思った。
片や、仕事がなく、こんな寒い中慣れぬ今川焼を焼いているおじさんだっている。懇意だったライブハウスもつぶれた。バンドを止めた友達もいた。もっとしんどい環境で頑張っている人もいる。早く、そんな抑圧から解放されるといいなと、思った。

手に持った紙袋が少しずつ冷えていくのを感じた。行儀が悪いが暖かなうちに一つ食べようと、紙袋に手を突っ込み、手に取って、被り付いた。香ばしく焼けた生地の香りより、中に入ったあんこより、どろどろとした半生の粉の味が口いっぱいに広がった。
客がいない本当の理由が、分かった気がした。


追伸、3月の例大祭に申し込みました。音が出る丸い板を作ります。
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